タクトとヒビキが、茶色の紙袋を抱えて街を歩いている。
ヒビキの半歩後ろを歩くタクトが、小さくため息を吐いた。ヒビキが振り返り、首を傾げる。
「どうした?買い忘れ?」
「いやいや。次の曲から、ヒビキとカナデにも参加してもらうかもって話。」
「パートなら、別になんでも不満は言わないぞ?」
「どっちかは、ピアノ、の予定なんだけどね。」
タクトが頭を掻きながら呟く。ヒビキが小さく苦笑して、また歩き出した。タクトもゆっくりと足を動かす。
「そういうことなら、カナデで決定じゃないのか。オレよりカナデの方が数段上手いだろ。」
「同レベルだと思うけど……カナデのほうがクセがない、とは思うよ。」
「だったら決まりじゃ……」
ヒビキが足を止める。急に途切れた会話に疑問符を浮かべながら、タクトがヒビキの視線を追った。
……小さな人だかり。そしてその中心で、様々な音を繰り広げる一人の青年が居た。
「アレ、ターンテーブルか?こんなところでDJも何もないだろうに。」
「……スクラッチ・ショウだ。自然音を組み合わせて音楽を創る大道芸人だよ。話したことは無いけど。」
タクトが、先程とは別の意味をため息を吐く。ヒビキがタクトと青年…ショウを見比べて首を傾げた。
「…あいつのこと、嫌いなのか。」
「嫌いってわけじゃ……彼の理念は『奏でる音より響く音』だからさ。」
「……?ああ、自然音って言ってたな。」
「楽器を否定されてるようで、オーケストラとしては好きになれないな。」
小さく首を振って、歩き出すタクト。その後ろについてヒビキも歩き出す……何度か、振り返りながら。



〜Talking Painful Memories 3〜


「すっこあ〜!!」
「どうしたの?カナデ。」
「ね、ね、あの文字ってなんて読むの?」
練習室。カナデが指差す先には、練習中にタクト以外の全員が見えるであろう位置に取り付けられた看板がある。
カナデの言葉につられて他の面々もそれを見上げる。……それは、オーケストラの理念。
「ああ…『すべての、ぶきを、がっきに』って書いてあるんだよ。」
「ん〜……どういう意味?」
「僕らの音楽で、みんなが幸せになれますように、かな。」
「ふ〜ん…よく判んないや。」
カナデの言葉に、スコアが苦笑する。その様子を少し離れて見ながら、ヒビキがため息を吐いた。
「君も、絵空事だと思う?」
「…『も』ってなんだよ、オーボエ。」
背後からかけられた声に、ヒビキが振り返る。一人の少年…オーボエが、無表情に立っていた。
「ちょっと、ご立派すぎて現実味ないよね。相容れない者は争う。それは摂理でしょ。」


「……どーした少年。悩み事かい?」
「…相談に乗ってくれるのか?スクラッチ・ショウ。」
テーブルから葉擦れの音を響かせるショウの横に座り込む、ヒビキ。ショウが小さく微笑むと、ヒビキも息を吐く。
「自然の音を殺して、『音楽』と言えるんだろうか?」
「ああ、難しい問題だな。タクトとケンカでもしたのか?」
「タクトを知ってるのか?」
「あそこの親父さんが昔の知り合いでね。で?お前はどうしたいんだよ。」
ショウの言葉に、ヒビキが項垂れる。……色々と思うところはあれど、答えは出ない。
「楽器の音を聞かせるために自然の音を殺すのがオーケストラだ。と、少年は思うんだろう?」
「……例えば、反対に…自然の音のために楽器の音を殺してみたら、何か判るんだろうか。」
ショウが目をパチクリと見開いて、ヒビキを振り返る。ヒビキが小さく苦笑した。
「冗談だよ。」
「7割ぐらい本気に聞こえたけどなァ?」
「……相容れない者は争う。摂理だと思うか?」
「本気でオーケストラにケンカ売るつもりなら、手伝うぞ。」
ショウと、ヒビキが、じっと互いの目を見る。数秒の沈黙。
……先に破ったのは、ヒビキの方だった。


「兄さんお帰り〜。どこ行ってたの?」
「ん〜……ちょっとな。カナデ、おいで。」
ヒビキが、カナデを抱き上げる。その少し向こうから、タクトが手を振っているのが見える。
……小さく、ヒビキがほんの少しだけ息を吐いて……カナデの腹に、一撃を見舞った。
「……ごめんな、奏。」
「ヒビキ?!」
カナデが小さく呻いて…その小さな身体が、地面に倒れ伏す。
それを冷たい瞳で見下すヒビキに、タクトが慌てて駆け寄る。
「ヒビキ、お前いったい何をやって……!!」
「…『トモダチ』は今日で終わりだ、タクト。……今日からオレはオーケストラの敵、Noiseだ。」


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